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インタビュー

次世代がんウイルス療法を切り拓く──鳥取大学・中村教授が語る「融合型ワクシニアウイルス」開発の最前線 
─固形がんに広く適応可能な新規ウイルス療法を、アカデミア発で臨床へ─

腫瘍溶解性ウイルス(oncolytic virus, OV)は、腫瘍細胞を直接破壊すると同時に免疫応答を誘導するという特徴から、次世代のがん治療として注目されている。長年にわたる遺伝子治療・ウイルスベクター研究を基盤に、次世代がん治療用ワクシニアウイルス「FUVAC121」の開発を進めているのが、鳥取大学医学部医学科 ゲノム再生医学講座ゲノム医療学分野の中村貴史(なかむら たかふみ)教授だ。中村教授のプロジェクトは、2024年度の国立がん研究センター東病院のスタートアップ支援プログラム(NCC SAP)に採択され、同年12月には実用化に向けてTFBS Bioscience, Inc.(台湾)との製造委託に関する契約を締結した。2028〜2029年の臨床試験入りを目指す中村教授に、次世代腫瘍溶解性ウイルス開発の背景と現在地、そして社会実装に向けた課題について話を伺った。

◆非増殖ベクターの限界から始まった、腫瘍溶解ウイルスの再設計

—まず、現在取り組まれている腫瘍溶解性ウイルスについて教えてください。
私の研究の出発点は遺伝子治療でした。安全性の観点からは「増殖しないウイルス」を使うのが常識でしたが、がんに対してはそれが全くうまくいきませんでした。マウスでは効くのに人では届かない、そこに大きなギャップがあったのです。それなら逆に、がんの中で増えるように設計すればいいと考えました。ウイルスなのだから、増やした方がよいだろうと。ただし正常組織では増えないように制御する。これががんウイルス療法の基本的な考え方です。

私たちが開発しているワクシニアウイルスは、感染したがん細胞が周囲を巻き込みながら融合し、腫瘍全体を一気に崩壊させるよう設計されています。さらにIL-12とCCL21を搭載し発現させることで、免疫サイクルを強力に回し、抗腫瘍免疫の活性化をもたらす点も特徴です。ウイルスががん細胞でのみ増殖し、腫瘍を溶かす。さらに、溶けたがんから抗原が放出され、免疫が再活性化される。この「二つの作用機序」が鍵です。 最初は「どれだけ腫瘍を溶かせるか」が重要だと考えていました。しかしこれまでの研究データを見ていると、効果が出ている症例では単なる腫瘍溶解にとどまらず、腫瘍局所で免疫が非常に強く発動し全身に波及しています。つまり、腫瘍溶解だけでは不十分で、その過程でどれだけ抗腫瘍免疫を効果的に立ち上げられるかが重要になるのです。

腫瘍を壊すことと、免疫を動かすことを同時に最大化する必要があると考えました。だからこそ、融合による「面での破壊」と、IL-12・CCL21による免疫賦活作用を組み合わせた設計にしています。感染したがん細胞が、周囲のがん細胞を巻き込みながら融合していくことで、従来型では残ってしまう細胞まで一気に処理できます。
ワクシニアを選んだ理由は、最も腫瘍を壊せたからです。とにかくがんを溶かす能力が高く、しかも感染できるがんの種類が広い。固形がんであればほぼ変わらない感染力を示すため、特定のがん種に絞らず広く適用できる可能性があります。ただしこれを選んだ時点で、製造が非常に難しくなることは分かっていました。

◆「効くウイルス」だけでは、患者には届かない―「製造」という壁

—臨床応用に向けて、最大の課題はどこにありますか。
やはり製造です。ここが一番大きなボトルネックです。ワクシニアウイルスはウイルスの中では大きく、扱いが難しい。増やし方も精製も品質管理も、すべてが難易度の高い作業になりますし、そもそも製造できる企業が限られています。基礎研究は比較的早く進みますが、製造に入ると時間もコストも一気に跳ね上がります。そこで止まるケースは非常に多いと思います。
私が米国にいた時、メイヨークリニックで研究・製造・臨床が一体となって動く「アメリカ型」の開発体制を経験しました。私は開発チームに所属していましたが、その時点から製造チームと議論ができており、基礎研究の段階から製造工程を見越してウイルスを作り込むことができました。その体制があるからこそ、あのスピード感でベンチからベッドサイドまで進めるのです。
そのため私は「後で考える」では間に合わないと判断し、大学内に独自の製造環境を整え、工程を自分たちで構築しました。製薬会社のCMC担当者から「大学でここまでやっているのは初めて見た」と言われたこともあります。製造を視野に入れて研究を進めてきたことは、臨床に進む上で大きな強みになりました。

◆研究・製造・臨床がつながると、開発は加速する

—柏の葉での取り組みは、どのように影響していますか。
最も大きいのは、柏の葉には国立がんセンターがあり、臨床の先生と直接議論しながら進められるという点です。どのような患者さんに使うのか、どのように投与するのか、それを踏まえた設計ができる。これは大学単独では難しいことです。
NCC SAPが公募されたとき、「もうこれしかない」と思いました。このウイルスを患者さんに届けるには、国立がんセンター東病院のノウハウと経験が不可欠です。無事採択されて柏の葉に来たところ、ちょうど柏の葉再生医療プラットフォームとTFBSのつながりが生まれていたタイミングでした。探していたパートナーが、そこに集まり始めていたのです。
欧米のように大学の中にすべてを集約するのは難しいため、やはり日本型のやり方を構築していく必要があります。柏の葉再生医療プラットフォームは、その構造を日本で実現する可能性を持っていると考えています。新たな医療を社会実装するという大目標があり、多彩なプレイヤーが同じゴールに向かって同じ目線で取り組めるというのは非常に重要な点です。そうした目的があるからこそ、おのずと連携もしやすくなります。製造パートナーの選定も、国内外の候補を比較しながら、技術・実行力・コストのバランスで判断することができました。研究・製造・臨床が同時に動く環境があるからこそ、ここまで進められたのだと思います。

◆臨床の入り口に立ち、社会実装へ向かう

—今後の展望について教えてください。
現在は臨床試験に向けた最終段階に入っています。試験製造を経てGMP製造へ移行し、2028〜2029年頃の臨床試験開始を目指しています。ここからは、臨床で効果と安全性を示せるかどうかが問われます。
どのようなシーズであっても、研究だけを行っていれば臨床に届くわけではありません。研究を社会実装へと導くには、単なる分子設計にとどまらず、研究、製造、臨床をどのように接続するかという構造づくりが重要です。柏の葉は、その構造を現実のものとして機能させる場になっています。がん治療の革新は単独の技術から生まれるのではなく、それを成立させる環境から生まれる―私はそう考えています。

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